【管理職に言えない…】精神的に病んだ教員がとるべき行動とは?休職をするべき?

中学校教員

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『学校教員=ブラック』と根強いてきた教師という仕事。

私自身も教員時代は、『教員です』というだけで、『大変だね〜』と多くの方に言われたものです。

『教師=大変』という一般化されたイメージに伴い、教員採用試験の倍率の低下も目立つようになってきました。

(画像:教員採用選考試験における競争率の低下 – 参議院)

教員採用試験の競争率の低下は、特に小学校において顕著であり、平成 12 年度には 12.5 倍であったが、30 年度は 3.2 倍に落ち込んでいる。

なぜ『教員はブラック』と言われるのか?

業務量の多さや、休日の部活動の指導、保護者からのクレーム対応など、教師の多忙化が理由として挙げられ、さらにそれが原因で、精神を病み、休職している先生方が多いからではないでしょうか。

『東洋経済ONLINE』の記事によると、

文部科学省の調査によると、精神疾患で休職となった公立学校の教師は毎年ほぼ5000人
①増加する一方の雑務
②難しさを増す学級経営
③保護者対応
④複雑化する職場の人間関係
という「教師を取り巻く四重苦」の中で勤務を続けた結果です。

とあります。

さらに、5000人という数は、実際に休職をした人数であり、休職はしていないが、精神的にギリギリの状態で働いている先生方は多いことは間違いありません。

実際に、私の周りにも、多くの先生方が『休職』している姿をみてきました。真面目な先生ほど、お休みすることになっているような気がします。

そして、何を隠そう、私も10年以上中学校教員として働いてきたわけですが、精神が病んで、『休職』をした経験があります。(後に留学を目指して退職)

今日は、私が休職した経験を含め、精神的に病んでしまったときにとるべき行動やその流れについてまとめようと思います。

 休職をするまでの私。『中堅』という立場でバリバリ働く

教員は、勤務年数が10年過ぎれば『中堅』と見なされ、多くのことを任されるようになります。

担任業務や教科指導はもちろんですが、それ以外の校務分掌、さらには新規採用教員の指導、教育実習生の指導、

若手の教員と違うことは、『自分のクラスだけ』見ていればいいのではなく、学年全体を、学校全体を見て、行動しなければならないのが『中堅』という立場であります。

30代だった私ですが、出産をして産休・育休をはさんでいる同期の仲間とは違い、そのような休暇を1年もとらず、11年も教員として働き続け、『中堅』という立場になりました。

『自分のクラス』だけではなく、他クラスの生徒指導のフォローに入ったり、生徒会を担当したり、女子指導をしたり…そのような日々の業務に加え、県内の研究発表の市内代表としてのプレゼンテーションの準備…

とにかく、毎日、昼間にトイレにいく暇がないほど働き、もろもろの雑務は放課後や土日にやっている毎日でした。

そして、今思えば一番無理していたな、と思うのは、そんな多忙で忙しくても、全力パラフルで子供たちの前に立っていたことです。

いつも笑顔で、元気で、おもしろいことをいって、ダメなことはダメだと指導をして怒って…

あらゆる感情を全力で出していました。演じていました。

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 ストレス発散で飲酒、不眠、車内で泣く。心が壊れていく

年度始め、ただでさえ学級経営の基盤を作らないといけないので忙しい時期ですが、多くの生徒指導や業務、それに加えて、学年部の先生方の愚痴聞き…

自分が疲れていて心の余裕がない状態で、人の愚痴や悪口を聞くとはなんと疲れることなのでしょう。

そんなときも私は『話を聞いてあげる同僚』を演じていたので、自分を犠牲にしていました。

毎日毎日疲れていたので、家に帰ればお酒に逃げました。

元々、お酒は好きでしたが、飲むのは土日だけ。

それが、毎日飲むようになり、軽い焼酎だったのだが、強めのお酒が飲みたくなり、ウィスキーのロックを飲む毎日でした。

おそらくそのお酒の量、そしてストレスから不眠に。毎晩スッキリ寝ることができなくなりました。

寝ているつもりだったのに、翌朝目覚めたときには、

『登山後の疲れ』

それが毎日続きました。

どれだけ疲れていても、1日中、パワフル元気に働いて、どれだけ忙しくても子供たちとは笑顔で丁寧に接していました。子供たちの悩みをたくさん聞きましたし、もちろん授業もしっかりとやりました。

どれだけ疲れていても、子供たちは可愛かったですし、英語の授業だって楽しかったです。

でも後半は、疲れすぎて授業をすることもしんどく感じていました。それでも元気に授業をしていました。

車通勤をしていた私ですが、帰宅するとき、1日の中で初めて1人になり、息をつく時間が車内でした。

出勤してから1日の中で、ふーーーと息をつく時間、少しでもぼけーっと考える時間、それが1秒たりともない毎日だったので、唯一、息をつくことができる車内で、涙がでるようになりました。

疲れて、ストレスで、ボロボロと泣くようになりました。

ストレスや愚痴なんて、誰かに聞いてもらえばスッキリしていた私が、そのような愚痴を口に出すことができないくらい、疲労困憊になっていました。

愚痴を話せば、また学校のことを思い出すことになるので、話をして誰かに聞いてもらうこともできなくなっていました。

 心療内科の予約。休職をすることにする。

すでに限界を迎えていた私ですが、数ヶ月その状態で頑張りました。

ただ、睡眠がちゃんととれないことや、気づくと涙が出てくる状態から、これ以上続けたら、『うつ病』になって外にも出られなくなるのではないかと恐ろしくなりました。

とはいえ、私はそのときすでに軽い『うつ状態』でありました。

限界とはいえども、まだ考える余裕があったので、まだマシだったと思います。

そうなんです、マシだったのです。

あれ以上続けていたら、今こうしてこの文章を書くことすら、留学を目指すことすら、起業することすら、何もかもできなかったと思います。

私の知人にも、『うつ状態』になり休職した方がいましたが、その方はすでに限界以上になっていました。

今もなお、人と会うことも働くこともできていません。もちろん教員は辞めました。

私も『まだいける』『まだがんばれる』と思って、心療内科にいくことを避けていました。

バリバリ働いてきたのに、『休職』をして、そんな弱い自分を認めたくなかったんです。

でも今、早くに治療をして、今は退職をして元気に毎日楽しく過ごすことができているので、本当に休職をしてよかったと思っています。

休職をするには『診断書』が必要ですが、心療内科にいったら、すぐに診断書を書いてもらえました。(そんな状態だったということです)

 管理職に言えない…そんなときはどうする?

何度も言っていますが、私が学校内では、とにかく元気に仮面をかぶって仕事をしていました。

そのため、私が精神を病んでいることすら、周りの同僚はもちろん、管理職も知らなかったわけです。

そんな私が心療内科に行って、診断書をもらい、休職をする。

簡単には、管理職に伝えることができませんでした。

もちろん、『迷惑をかけてしまう』という後ろめたさもありました。担任でもあったので『子供たちにも申し訳ない』とも。

私がまずとった行動は、養護教諭の先生に電話をすることでした。

養護教諭の先生とは、すべてではないですが普段からいろいろ話を聞いてもらっていましたし、立場的にもわかってもらえるだろう、と思い電話をしました。

結果、養護教諭の先生から管理職に伝えてもらい、その後管理職と話をして休むことになりました

(実はその管理職の対応がひどすぎて、休んでいる間も管理職とは連絡をとらずに直接教育委員会の方と連絡をとらせてもらっていました。この話題については別記事で。)

ただ言えることは、管理職と話したくないなら、話さなくてもいいということです。

すでに精神が参っている状態なのです。無理して話したくない人と話してはいけないのです。

私にとって管理職は『話したくない人』だったので、ひたすら避けて休職期間をすぎました。

それが心にとっては良いことだからです。決してこれは『逃げ』ではありません。

 まとめ

心の状態が通常なのかそうでないかは、一番自分がよくわかります。

異常だなと感じたとき、決して無理をしてはいけません。

今の立場も大事、子供たちも大事、キャリアも大事、同僚に迷惑をかけなくない、子供たちに申し訳ない・・・

いろいろな思いがあるかもしれませんが、何より誰より大切なのは、ご自身の『健康』です。

『健康』でなければ、今後何もできなくなってしまいます。

心療内科にいく、休職する。

それは簡単のように聞こえますが、とても勇気がいることです。

私も勇気がいりました。

でも、今の心の元気、生活の充実さ、幸福さがあるのは、ちゃんと休んで治療をしたからだと思います。

『休むこと』

今『休むこと』に躊躇をしている方の参考になれば嬉しいです。

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